日本バスケを変えそうだった男

◎世界に通用しないようでする男

ラマス時代に入るとスッカリ代表の中心になるのですが、「中心」だけど「エース」ではなく、常に「選出」されるけど「話題」にもならない感じでもありました。なんせファジーカスの帰化に渡邊雄太の参戦、八村塁の登場と上からも下からもスターが出てきたのです。その前にエースになっておくべきだったね。

ラマス初期はアジアでも負けることが多く、それがワールドカップ予選の後半から怒涛の連勝へと繋がるのですが、この男のパフォーマンスの不安定さは問題がありました。ただし、珍しいタイプだったのは

のほほーんとした性格そのままに、大してヒートアップすることもなくプレーしているが故か、みんなが積極的になる格下相手ではいるのかいないのか不明。オーストラリアあたりが相手になると、みんなが困り始めた結果として活躍するのでした。理由はシンプルで

・周りを押しのけてボールを要求しない
・スピードやフィジカルで戦わないので格下を圧倒しない
・タイミングを外すプレーで格上にも通用する

性格的な側面とプレーの特徴から相手が強い方が目立つ選手でした。特にユーロ系が相手になると周りが困りまくる中でサイズとステップワークを使ったタイミング勝負で見事なまでに活躍します。ビッグガードという点も含めて

ただし、アジアで圧倒する存在ではないというね。変なタイプでしたが、それは世界大会での爆発という点で日本の戦力になっていました。もっとボールを要求していれば違った結果も待っていたかもしれませんが、それをするにはビッグガードを好まない日本の性質も邪魔をしていました。勿体ないね。

日本バスケを変えそうだった男” への1件のフィードバック

  1. 3Pが主流となった状況でもしっかり対応できてたスキルセットは日本人の中でも歴代トップクラスですね。
    ほんと性格的なところでもう少し我が強かったら海外挑戦も変わっていたのかもしれませんね…
    まあのほほんとしたところも比江島選手の魅力ですが。
    もしくは今のように大学から留学する環境が当たり前になりつつある時代だったら、NBAでプレーしている可能性もあったのかなと思います。

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