MVPウィリー・エルナンゴメス

ユーロバスケMVP記念に書いてみよう。

フアンチョの大活躍によりフランスを倒し、ユーロバスケを制したスペイン。MVPはウィリー・エルナンゴメスとなったので、ユーロバスケではなく、NBAでのウィリーについて振り返っていきましょう。

それは同時にペリカンズの課題というか、不安要素というか、なんというか・・・順調に行ったらウィリーはトレード候補なので、欲しいチームがあるかもしれないってことです。なんとも皮肉なユーロバスケMVPです。

◎ドラフト指名

まずはWikipedia先生の出番です。

レアル・マドリーと契約したウィリーは12-13シーズン(18歳)で数試合に出場し、その後レンタルで他のクラブへと行き、20歳の時に平均10点、6リバウンドをクリアし、レアル・マドリーへと戻ります。21歳のシーズンはプレータイムもそこそこで、それなりのスタッツでしたが15年のドラフトで指名され、16年からNBAに参戦しました。22歳の時です。

このドラフトがちょっと面白かったので経緯を書いてみましょう。

【14年ドラフト】
10位 エルフレッド・ペイトン
 ↕ 
12位 ダリオ・サリッチ
18年1巡目指名権(シャメット)
15年2巡目指名権

まず前年のドラフトでペイトンを欲しがったマジックが、なかなかの大判振舞でサリッチ+1巡目+2順目を渡しました。当初のペイトンはかなり活躍したので収支として悪くはないですが、今となってはシクサーズのスティールになりました。

そしてペイトン、サリッチ、シャメットが全員サンズにいます。今度はウィリーもサンズに行くのかな。ちょうど良さげな補強だしさ。

【15年ドラフト】
35位 ウィリー
 ↕
20年2順目
21年2順目

マジックの2巡目指名権でウィリーを指名したシクサーズは、さっそく2つの2巡目指名権へと交換しました。なかなかのわらしべ長者です。

そして1年半後にホーネッツへとトレードされるウィリーですが、この時のトレード内容は

ウィリー 
 ↕
ジョニー・オブライアント
20年2順目
21年2順目

ニックスは手放した2巡目を取り戻します。一応、収支はあったわけですが、この2巡目指名権はデリック・ローズのトレードでピストンズへと渡ることになりました。

とにもかくにもニックスに加わったルーキーのウィリーですが、当時はカーメロ&ポルジンギス時代であり(わかりにくいことに)ローズやノアもいるベテランチームでした。ルーキーには厳しい環境でしたが、ウィリーは結果を残します。

◎オールルーキー1stチーム

前半戦は15分程度のプレータイムで、そこそこだったウィリーですが、ノアが離脱した後半戦は素晴らしい活躍を見せました。

〇オールスター以降
24.2分
11.5点
9.2リバウンド

試合の半分ほどのプレータイムながら、チームトップとなるリバウンド数は、この時点でリーグトップクラスのリバウンダーになれるスタッツでした。ニックスは若手有望株を手に入れた事となり、2年目のポルジンギスと共にインサイドの新たな核が生まれたのです。

この活躍でウィリーはオールルーキーファーストチームに選ばれました。ちなみにこの年は不作のシーズンになっておりブログドンが新人王に輝いたわけですが、後に伸びてくる選手がいっぱいいます。完成度の面で上回っていたウィリーって感じかな。

さて、今となってはニックスファンの頭痛の種みたいな若手育成の失敗へと繋がるわけです。2年目のポルとルーキーのウィリーで未来がありそうだったのですが、オフにカーメロのトレードが発生します。

カーメロ 
 ↕
マグダーモッド
カンター

こうしてカンターがやってきたことにより、ルーキー1stチームだったウィリーは2年目にして居場所を失ってしまいました。

プレータイムは8.9分へと激減し、チャンスのない状況なのでチームはトレードへと動きます。そうね、使わないならば指名権を取り戻すってのは正しい判断だ。使わないのが正しいかどうかって問題であり、この時点で再建モードに行くべきだったのか、ニックスの永遠の課題です。

ちなみに当時のニックスにはリトアニアのクズミンスカスがいました。1年目はそこそこプレーしましたが、さっさとユーロに戻っています。

ホーネッツ時代 ⇒ ⇒ ⇒

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