◎抜群の実績
U17とU19が交互に開催されていくのがアンダー世代の世界大会のフォーマットですが、それまで八村世代しかアジア予選を突破できませんでした。ロイブルHCで八村と西田中心にU19で素晴らしい結果を残しましたが「八村がいるから」というメリットは話をややこしくしてしまいました。最高の結果を残したアンダー世代のHCを、日本バスケのレジェンドに変更するという愚策でやらかしたぜ。
22年4月に就任したマルチネスは早々に結果を出します。まず6月(本当は前年開催だったがコロナ禍で延期)のU16アジアカップを勝ち抜き、八村世代以来のU17ワールドカップ進出を決めます。このU17が直後の7月に行われるというハードスケジュールでしたが、川島というタレントを中心にしたチームで戦い抜きました。
そのまま9月にU18アジアカップが待っていました。この大会は非常に印象深かったです。ジェイコブスがエースでしたが大会序盤に離脱。それでも全員が異なる役割でオフェンスに絡んでいくチーム力でU19への切符を掴みます。正直、この時のメンバーを中心にして上の世代でも戦えば、ロスあたりでは完成していそうなくらいだったもん。
翌年のU19ワールドカップでは、同じ戦術をしてきた下の世代も交えながら、そして戻ってきたジェイコブスが信じられないくらい成長してチームをけん引し、まさかのベスト8へと入りました。フォーマットの都合もあるんだけど「勝たなければいけない試合」を定めて勝ち切った大会でした。ジェイコブスと川島を中心にした2つの世代は共に世界大会へ出場するという日本バスケにおける快挙みたいな2年間でした。
しかし、ここからマルチネスは苦戦します。U19に続いて9月に行われたのはU16アジアカップ。新郷や若野などがいる世代でしたが、前の2つの世代に比べると小粒感は否めず、最も印象的だったのは1歳下のベネディクトと2歳下の白谷でした。ってことで、グループBを首位で通過するものの、ラウンド8でフィリピンに敗れ、マルチネスは初めて世界大会へのチケットを逃します。
翌24年はU18アジアカップ。瀬川と渡邊レオンを中心にした世代でしたが、予選で中国に1敗したことでラウンド8でオーストラリアと当たってボコられました。で、この世代が「マルチネスらしさが足りない」と感じる唯一の世代でもありました。今になって思うのは、それまでのチームオフェンスと違って個人技突破が多く、渡邊の高さに頼る戦いぶりでもありました。でも、それがホーバスバスケに一番近いというのが、継続性のなさって感じです。
そして25年はU16アジアカップ。スーパースター白谷を中心とした世代ですが、白谷はケガを抱えて欠場も多く苦しみました。エース格になったのは小さなスピードスター越(名古屋⇒琉球)。同時にオフェンス構築で目立ったのは琉球の宮里と川崎の高橋が生み出す連携であり、判断力でした。ハンドラーには個人技アタックよりも連動性が重視され、高校組よりもユース組の優位性が目立った世代でもありました。無事にU17の出場権を得たのでした。
ってことで八村世代しか突破できなかったアジアカップだったのに、マルチネスになってから5大会のうち3大会、要するに3世代が突破しました。異なる世代が共通の戦術の下、それぞれの個性に応じた戦い方を出来たことは、トップに行ったときに「共通意識」となります。一緒にプレーしたことがなくても同じことが出来るというのは、活動期間が限られる代表においては大きな武器になります。
世界大会の経験を積めたことだけでなく、育成年代における「継続性」がなんなのかを明確に示してくれたマルチネス。
選手の質に寄らない「ジャパン・ウェイ」を作る
それは、こういうことなんだと強く感じた4年間でした。去年のアジアカップなんか、そのまんまマルチネスがジェイコブスと川島を中心にした若手を率いて経験を積ませても良かったくらいだよ。