さようならブログドン

◎キッドとバックス

16年ドラフト2巡目36位でバックスに指名されたブログドン。その年はベン・シモンズ、イングラム、ジェイレン・ブラウンがトップ3でした。他にもジャマール・マレー、ヒールド、パートル、サボニス、デジョンテ・マレーなどがいますが、全体的にはやや不作。目立つ人と目立たない人のコントラストが大きい年って感じです。

それでも、これだけのメンバーの中で(ベン・シモンズは全休)新人王に選ばれたのがブログドン。2巡目指名として初めての新人王でした。チャンスを得ることすら難しい2巡目のPGなのに、大きな信頼を得れたのは当時のバックスがジェイソン・キッドに率いられていたことも関係します。

4年目のシーズンにはいっていたヤニスは、異様なオールラウンドぶりではあったものの、まだ人間レベルに留まっているくらいの時期でした。それはしっかりとパスも捌けるように鍛えられていた時期でもあります。キッドの要求レベルが高いので、突破力だけではダメ、みたいな。

有名なエピソードとしてキッドがアレコレいうもんだから、ちょっとイラっとしたヤニスさんが、キッドの経歴を調べてみたところ、凄まじいレジェンドだったので「もう少し、言う事を聞いてみよう」と思ったらしい。キッドがレジェンドでなければ、ヤニスさんのアシストは4つくらいで留まっていたかもしれない。ヤニスのプレースタイルが構築されていく時期だったってことです。

そんなキッドだったので戦術的な要求レベルも高く、選手がコート上で実行できないことが多くありました。例えばディフェンスは
「ドライブコースを塞ぐためにボールサイドに全体が寄り、逆サイドは1人で2人をカバーする」
みたいなことをするのですが、当然のことながらパス1つ回されただけで全員がポジショニングを修正する必要があり、かなり細かくルール通りにプレーしなければチームとして崩壊してしまいます。しかしバックスの面々は賢い選手が少ないので、戦術通りにやるとどうにもならない。

登場したのがルーキーのMr.インテリジェンスであるブログドン。浮き上がってしまったミスをカバーしていき、キッド戦術が成立していきました。オフェンスでもディフェンスでも、ブログドンのインテリジェンスがあるかないかで大きく変わっていったキッド戦術。ブログドンはルーキーシーズンから信頼を掴み、主力の座を手に入れ、新人王に輝いたのでした。

でも、翌シーズンにサンズでブレッドソーの乱がおきると、バックスが獲得してしまうんだよね。新人王になったPGを信用しなかったのは、インテリジェンスという強みを理解できなかったからのような。キッドがいなくなると共に、ブレッドソーメインで起用していったのでした。

その後のバックスはブーデンになってストロングスタイルが強くなっていき、困ったとき程「ブログドンがいればなぁ・・・」となっていったのでしたとさ。ヤニスにブログドンというのは有効なコンビだったのにね。

さようならブログドン” への2件のフィードバック

  1. ブログドンの引退記事ですが、ブログドンの放出時期、ロバート・ウィリアムス、スマート等の放出のタイミングを見ると天才ブラッド率いるBOSは先見の明がありすぎて、、。
    おそらくコーネット、ホリデー、ポル等もほぼ出場できなくなりそうな気配が、、、。
    もちろんネムハード等育成枠の埋もれた才能を成長させられなかったのは問題ですが。。win-nowの状況なので致し方あるまいが。ドラフトの指名もかなりうまいです。

    1. おそらくネムハードではなくアーロン・ネスミスのことではないでしょうか。

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