さようならマルク・ガソル

ドラモンド加入により出番を減らしたガソルは、オフにNBAから去ることを考えていると噂されていました。そしてレイカーズは2巡目指名権とキャッシュをつけてグリズリーズにトレードし、メンフィスでウェイブされると伝えられています。

まだNBAでプレーするだけの能力を持っていますが、それは「オプションの1つ」としてであり「主力としては難しい」状況でした。あるいは昨オフにラプターズ残留を選んでいれば違う未来があったかもしれませんが、肉体的な衰えが見えていたのは事実であり、何なら36歳まで第一線でプレーできていたこと自体が頑張った方かもしれません。

今回は「さようならマルク・ガソル」と題し、ここ数年の活躍を振り返ってみましょう。

◎スターダム

マルクがNBAにきたのは2008年。兄パウを中心としていたグリズリーズが、そのパウとトレードでマルク中心に切り替わりました。前年の2007年ドラフト4位でマイク・コンリーを指名していた事もあり、再建に踏み出したことになります。ちなみにラウリーもいたけどコンリーに追い出される形になったのさ。ラウリーとガソル兄弟って一緒にプレーしていたんだね。

マルクが加わった翌シーズンの2009年にザック・ランドルフもグリズリーズにやってきて、派手さはなくてもディフェンスとハードワークで戦うチームが作られていきました。グリッド&グラインドが幕を開けました。

〇グリズリーズの勝ち負け
08-09シーズン 24勝58敗
09-10シーズン 40勝42敗
10-11シーズン 46勝36敗
11-12シーズン 41勝25敗
12-13シーズン 56勝26敗

マルクが加わった当初はドアマットだったにもかかわらず、翌シーズンに一気に浮上すると3年目の11年にはプレーオフに進出し、セカンドラウンドにまで進むチームになりました。その後もシーズン順調に勝率を上げて行くと、13年には56勝とウエストのエリートチームに成り上がります。そして、この12-13シーズンにマルクはタイトルを手にします。

ディフェンシブ・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー

リーグ最高のディフェンダーとして認められました。NBAにきて僅か5シーズンでここまで到達しました。マルクのNBAキャリアで最も優れた賞でしたが、ちなみにDPOYなのにオールディフェンシブチームでは、1stチームではなく2ndチームになっています。不思議さ。

あとオールNBAチームだけどオールスターに選ばれなかったシーズンでもあったので、2013年はキャリアの中でも輝かしいシーズンなのに、よくわからん記録でもあるね。ちょっとシーズンハイライトを見てみましょう。

今よりも明らかにキレがあるマルクは、ポストアップから見事なフェイダウェイとフックショットで得点を奪っていきました。今でもシュート力はありますが、ターンにキレがないので当時のように打っていくことは難しくなっています。

またこのポストアップからパスを出す能力も持ち合わせており、ランドルフと共に強力にインサイドを攻めつつ、しっかりとパスアウトも出来ました。読みの鋭さだけでなく、反応の良いディフェンスはコースを切った上で、止める能力の高さを感じさせます。

〇12-13シーズン
14.1点
FG49.4%
7.8リバウンド
4.0アシスト
1.7ブロック

28歳のマルクは全盛期を迎えていました。ただし、ブロック数は12年の1.9本がキャリアハイとなっており、リバウンドは2年目(10年)の9.3本がキャリアハイです。選手としては全盛期になってきていたものの、既に身体能力の面では低下傾向にありました。体重を増やしたことが裏目に出たともいう。

◎キャリアハイの2015年

2年後の14ー15シーズンになるとマルクは初めて得点が15点を上回り、オフェンスでの役割が増したことで、オールNBAファーストチームに選ばれます。キャリアハイのシーズンだったといえます。なお、ウィキペディア先生には「減量して臨んだシーズン」と書いてあるので前年に太りすぎたんだな。

〇14-15シーズン
17.4点
FG49.4%
7.8リバウンド
3.8アシスト

チームを勝利に導く中で、オールスターでもファン投票を集めてスターターに抜擢されると、兄パウもブルズで復活しており、兄弟でオールスターのスターターになりました。記録にも記憶にも残るシーズンとなったわけです。

ところが、ガソルがキャリアの中で絶頂期を迎えると同時に、ここから一気に下り坂を迎えてしまいます。ガソル本人が著しくパフォーマンスを落としたわけではなく、グリズリーズがチームとして転げ落ちてしまいました。

〇グリズリーズの勝ち負け
14-15シーズン 55勝27敗
15-16シーズン 42勝40敗
16-17シーズン 43勝39敗
17-18シーズン 22勝60敗

チーム全体の高齢化に伴いケガ人が増えたことが大きな要因でした。ガソルも16年2月に右足を骨折し残りシーズン全休したことでチームは大きく沈みました。なお、リオオリンピックも欠場してしまいます。翌17年はマルク自身は再びオールスターに戻ったもののチームは元には戻りませんでした。

キャリアハイとなった15年のオフは30歳。選手として油が乗り切ったタイミングだと思われていたけど、そこからはジェットコースターな展開が待っていました。

ところで、15年といえばMVPカリーが、プレーオフの各ラウンドでオールNBA1stチームのメンバーを倒していったシーズンでもあります。AD、マルク、ハーデンを倒してファイナルに進むと、レブロンをも打ち破って優勝しています。

ここからウォリアーズの戦い方をベースにしたリーグ全体の戦術革新が行われていったわけで、グリズリーズがマルクのケガ以降、再浮上できなかった一因もここにあります。グリズリーズのスタッツを見てみましょう。

〇14-15シーズン
ディフェンスレーティング 101.2(2位)
試合のペース        92.8(26位)

グリズリーズといえば遅いペースと固いディフェンスのチームでした。それでも試合のペースはリーグで5番目の遅さであり、他にも同様のチームは多くいました。ところが3年後の17-18シーズンになるとレーティングもペースも大きく変化してしまいます。

〇17-18シーズン
ディフェンスレーティング1位 103.0(ジャズ)
最も遅いペース         95.5(キングス)

〇グリズリーズ
ディフェンスレーティング 110.4(26位)
試合のペース 95.7(29位)

グリズリーズは試合のペースを遅く保ったままでしたが、他のチームが速くなった結果、トランジションディフェンスが出来ずに崩壊してしまいました。今では110.4でディフェンス下位にはならないのですが、当時はこれだと守れないチームだったな。また、この時期は3Pの変革がはじまったタイミングでもありました。

〇3Pアテンプト
【グリズリーズ】
14-15シーズン 15.2(29位)
15-16シーズン 18.5(25位) 

【最も少ないチーム】
16ー17シーズン 21.0(ウルブズ)
17-18シーズン 22.5(ウルブズ)

今シーズン最も少なかったのはスパーズの28.4本でしたが、当時のグリズリーズの本数からすると倍近く打っています。グリズリーズの長所であったディフェンスは新たな時代に突入したことで対応しきれなくなっていました。これがチームとして下り坂に向かった理由でもあったのでした。ディフェンスの話ね。

15年にキャリアハイを迎えたマルク
翌年からリーグの変化に圧し潰されていったグリズリーズ

マルクのキャリア転換点がここにあったといえます。グリッド&グラインドはカリーによって作られた時代に踏みにじられてしまったのかもしれません。

◎魔改造

グリズリーズのディフェンスが時代の波に飲み込まれていった一方で、オフェンス面については他のチームと同様にブラッシュアップされていこうとしていました。インサイドをゴリ押しするデビッド・イェーガーからHCがフィズデイルに交代すると、チームは劇的な変化を迎えます。そしてマルク本人はさらに劇的な変化をします。

〇グリズリーズの3Pアテンプト
15-16シーズン 18.5本
16-17シーズン 26.5本

〇マルクの3Pアテンプト
15-16シーズン   3本
16-17シーズン 268本

シーズン通して3本しか打っていなかったマルク。8シーズンで66本だったマルク。それが16-17シーズンだけで268本も放ち、しかも38.8%という高確率を残しました。このシーズンはマルクが現代に続くプレースタイルを手に入れる【魔改造】されたシーズンでもありました。

アシスト数 3.8 → 4.6

3Pが多くなっただけでなく、プレーメイクそのものに関わることが増大したため、アシスト数も増えました。コンリーとマルクのコンビプレーを中心にどこからでも点を取るスタイルに変化していったのです。

ストレッチ5であり、ポイントセンターに魔改造された16ー17シーズン

現在のマルクといえばストレッチ5であり、ポイントセンター系統ですが、実はそんな姿に改造されたのは僅か4年前。それまではポストアップから攻めていくタイプだったんだ。それは別にマルクに限らず、センター自体がそういう扱いでした。

チームとしては時代の波に飲み込まれたけど、マルクはいち早く姿を変えた選手でもあります。同時期にカーメロが衰退していき、そして最近になって復活してきたわけですが、みんな時代に飲み込まれるとアジャストに困ったわけだ。ハワードなんかも同じだよね。ただマルクは対応できるだけのスキルを持っていた事もあり、あまりにも早かったのでした。

ただし、魔改造したフィズデイルとマルクは仲が悪かったとされており、この関係性は直ぐに終了します。まぁ一気に現代化させたHCなので、当時の主力とは折り合いが悪かったし、チームも勝てなかったから必然ではあったね。

一方でマルク本人のプレースタイルは元に戻ることなく、今ではFGの半分以上が3Pになっています。もっともニック・ナースはそれを嫌がっていた雰囲気もありましたし、ヴォーゲルも同じく。時代ってムズカシイネ。

◎ラプターズへ

コンリーの度重なるケガもあって浮上できなかったグリズリーズは再建に踏み出すべく、マルクをトレードで放出します。手に入れたのはカワイ・レナードを加えてチャンピオンリングを狙っていたラプターズ。トレードデッドラインで動くとは驚きでしたし、それ以上に動きの遅いマルクを選ぶのも意外でした。

そう、なんかこの頃にはマルクは完全に「遅い選手」になっていました。ハイライトを見ているとどうも骨折してからっぽい。リーグ全体が高速化したけど、マルクはケガの影響もあって重くなってしまった印象です。それでもラプターズでストレッチ5になったことは、良い現象を多くもたらしました。

・ラウリーがハンドオフ起点として利用する
・レナードとシアカムがフィニッシュするペイント内が空く
・コーナーのダニーまでパスが回る etc

特にラプターズは「5人がプレーメイカー」スタイルを持ち込んでおり、センターのマルクがラウリーと共にボールムーブの中心になったことには大きな意味があります。リムプロテクターを外すことができ、相手の弱点を効果的に狙いやすくなったし、ガードシューターが力を発揮しました。

ポイントセンターによる初優勝

ラプターズの優勝は、ひょっとするとこんな一面があったかもしれません。マルクはエース格ではないし、序列的には4~6番目の選手。それも相手に応じてイバカと使い分けることで初めて意味があるセンターではあったものの、マルクがいなければ優勝がなかったのも事実です。

主役ではないけどポイントセンターが優勝した初めてのケースだったかもしれないマルク。「主役ではないけど」も大事なポイントで、このタイプのセンターをチームに加えて置く意味を感じさせました。(ボーガットの方が先だったともいえる)

優勝した18-19シーズンに続き、翌年もラプターズで活躍はしましたが、レナードがいなくなったことでマルクの価値は下がってしまい、プレーオフでは20分のプレータイムになったことも象徴的です。単独では使いにくくなってきていたことも示してしまいました。テレパシーディフェンスでも明らかに1人だけ遅かったもんな。読みは良いんだけど。

ラプターズに移籍したことはマルクにチャンピオンリングをもたらし、良い結果を生み出しました。その一方でチームの中心に据えるのは難しいことも示してしまいました。明らかな衰えがあっただけに、ある意味で「移籍が遅すぎなかった」ことはマルクにとっても幸せだったかもしれません。

レイカーズではADやドラモンドに比べて明らかにポジショニングとパス判断が良いことを示しましたが、どうしてもスピード不足が目立ってしまいました。NBAでやるにはちょっと厳しくなったのも事実です。

この段階でスペインに戻れば、まだスピードでのデメリットが小さく、よりスキルや戦術力の高さを生かせるかもしれません。そんなことも考えられるので戻ることには賛成の立場です。

◎覆した男

こうしてみると、この5年間のマルクは時代の変化に華麗に対応してきた選手にも見えます。トランジションやスモールラインナップ全盛期だった5年間は、スピードをはじめとした身体能力に欠けるマルクには苦しい時代だったはずです。

しかし、パサーとしてハーフコートオフェンスを展開させ、3Pシューターとしてコートを広く使うスキルをみせ、適切なポジショニングでスペースを埋めるディフェンス力も健在でした。

サンズとのプレーオフでヴォーゲルはエイトン対策をマルクに託したように、結局は「マルクがいた方が守れる」という構図を作り上げてしまいました。パワーでもスピードでも高さでも惨敗だけど、どこで身体を当てて、どうやってパスコースを塞ぎ、間に合わなければリスクマネジメントをする。

今ではヤニスやゴベアーのような圧倒的なDPOYのプレーは出来ないけど、この2人とは比較が出来ないレベルの【戦術眼】を使ってカバーしていたと言えます。ポイントセンターと言ってもヨキッチほどのスキルはなく、ここでも【戦術眼】で戦っていた印象もあり、攻守においてマルクは異質な存在でした。個人としては明らかなウィークポイントでありながら、チームの中ではストロングポイントでもある。

ドラフト3位だった兄パウと違い、48位指名と期待されていなかった弟。確かに兄弟で比べても元PGというだけあって、より多彩なスキルを持ち合わせ、それでいて走れる身体能力を持っているパウの方が優れたバスケットボール選手にみえます。しかし、そんなパウでも弟マルクほど優れたディフェンスポジショニングはもち合わせておらず、マルクの戦術眼は特別なものでした。

キャリア通じて20点を上回ったことはなく、リバウンドも10本を超えたことはありません。スタッツだけ見たら「歴史的なセンター」とは言い難いマルクですが、

大きな時代の変化があろうとも揺らぐことのない『知性』をもって対応し、チームを勝たせることが出来るセンターでした。

ドラフト48位という評価は的外れではなかったかもしれません。ただし、表面的には判断しにくい『知性』という武器が偉大すぎて、マルクを正しく評価するのは難しかったのでしょう。目の覚めるようなスーパープレーではなく『知性』で評価を覆した気がします。

身体能力的に厳しくなるほどにマルクの知性は目立っており、スペインで環境が整えば、まだ3年くらいは活躍してくれる気もします。

さようならマルク・ガソル” への8件のフィードバック

  1. ほとんどローポスト中心の選手が3Pを多様し始めたときは、まあ驚きました。
    マルク然り、ブルック然り。
    もちろん戦術変化による魔改造なわけですが、それによってストレッチ5となり、トレード後に優勝も経験し、と晩年は適材適所で使われていった感じでしたね。
    また表立っては分かりにくい部分(今回の記事で言う”知性”でしょうか)で貢献してきたところも大きく、主役からサブメンバーへの変化も立派にこなしていた印象です。
    戦術も本人の立ち位置も大きく変わっていった中で、適応し生き残っていった良い選手でしたね。母国に戻っても元気でいてほしいです。

    1. タイプ的にはもっと時代の波に取り残されておかしくなったのですが、スキルがあるってスゴイ話でした。
      そして見えない部分では、こういう選手の重要性も感じたのでした。

      今後はタイプ的に出てきにくいんでしょうね。

  2. マルク全盛期のころからグリズリーズファンになった身からすると時代の流れを感じますね。DPOY取った時も身体能力はないけど、タイミングと読みで勝負するマルクは、オールスターだけどエースじゃない、エースじゃないけどチームには不可欠みたいな選手でファンには愛されていました。
    ラプターズに行ったときはケガを経て、HC交代を経て、オフェンスでは今までと全く違う選手でしたが、まだチャンピオンチームで主力でやれるぎりぎりの状態でチームを変えれてよかったと思います。バランチュナスも結果的に、中期間戦力になってくれましたし。
    最近はLALファンに「マルクは遅い!!なぜ使うんだ!!」みたいな批判もあったので、「そんなこと言ってもマルクはこういう選手だからそんないじめないで!」と思ってもいたし、実際主力でやるには難しい時代にもなったので、スペイン行って、母国で元気に頑張って欲しいです!!
    マルクお疲れ!!次カンファレンスファイナルに行くのは、まだまだ先だから、あの時のわくわくは忘れないぜ(ま、その時はスイープだったんだけど!!)。

    1. アデバヨなんかもそうですが、必ずしもエースであることが最重要選手ではないことを示していた気もします。
      そういう意味でも先駆者的なポイントセンターだったのかな。

      ガソルの特徴を考えずに「遅い」で切られてしまうと、どうにもならないですね。

  3. マルク帰れてよかったですよね!
    ヨキッチ、ガソルと記事を読んでたら、ポイントガードはコート上のコーチとか言われてましたが、もう死語だなっと思いました笑

    サンズにナッシュが入って劇的に強くなったり、キッドのミラクルネッツも流行りましたが、ポイントセンター1人移籍して、チームが連動して強くなるみたいなこともあり得そうだなっと。

    1. マルクはまだ帰るのか、わかんないんですが、NBAよりも居心地は良いはずです。

      PGは無名でも優秀な選手が出てきただけに、センターの方がガラっと変えるようになったかもしれません

  4. 大変面白い考察でした。
    本題とは全く関係ないのですが、この記事の締めの文章が上手で染みました。コービー追悼記事の時のような愛を感じます。

デローザンファン へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA