コービーへの寄せ書き

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コービーについて自由にコメントしてください。ルールとしては
・管理人が多少の表現変更をすることがあるよ
・長くても短くてもOK
・違うところでコメントを使わせてもらうことがあるよ

アンチコービーで咎めたっていいです。不謹慎だって?いやいや、そんな言葉だってモチベーションに変えて戦う男でしょ。なお、コメントは承認制なので、すぐにアップはされません。

管理人はコービーファンで8番のユニフォームがずっと部屋に飾ってあります。思うがままに記憶を辿って書いた感情的な文章をブログに上げようかと思いましたが、どうせなら少しでも多くの方の目に触れて欲しいので、バスケット・カウントさんにお願いして媒体に掲載してもらいました。ブログと違って他のニュース媒体にも繋がるので、ブログなんて読まない方へも届くと良いなと。

そんな機会を作れるというのは大変ありがたい話です。Twitterなども含めて自由に表現できるようになったとはいえ、コービーファンの思いのたけを述べただけのものが、曲がりなりにもニュースとして扱われるのは普通は出来ないよね。どれくらいの人が読んでくれたのか全く分かりませんが、日本の地名をファーストネームに持つスーパースターへのリスペクトを込めて伝えさせていただきました。本当にありがたいことです。

そこまでの影響力はありませんが、このブログで「寄せ書き」にすることで少なくともブログ読者同士が思いを交換できれば良いなと思っています。

管理人が書いた記事はこちらですが、ここに書いた試合をYouTubeから探してきましたので、動画と共に読んでください。

まずはルーキーシーズンの最後の試合。エアボール連発しながら、それでも打ち続けたコービー。偉大なる大失敗から始まったキャリアでした。

同じ年の12月。シーズンが変わるとマイケル・ジョーダンの後継者として騒がれた中で、直接対決の舞台が用意されました。管理人が観た記憶があるってのは、BSで放送されていたからなので世界中が注目していました。カメラは2人のことを追い続けていたのも印象的です。試合はブルズが大勝しています。

その後2回目の対戦がありましたが、コービーは20点だったけど今度はレイカーズが3Qまでに大差にしていたので、盛り上がりにもかけました。

そしてオールスターではスターターに。19歳でスターター。ケビン・ガーネットも登場しますが22歳です。今シーズンはドンチッチとヤングが共にスターターで21歳以下ってのが2人以来だとか。

10;30あたりに出てくる速攻のコービーがトリッキーでした。18点を奪ったのはコービーが先だったけど、19歳の若者にはその後で出番が与えられなかったことでMVPを逃したってね。

4試合連続50点オーバー、うち2試合は60点オーバーです。コービーは3Pの確率が良くなかったですが、こうやってとんでもなく決め始めもしています。当時だとまだ珍しかったんじゃないかなー。先見性があったとも思っています。

そして伝説的な81点ゲーム。それも前半は26点なんだよね。大量リードにならないからこそ打ち続けて決め続けたコービー。

クラッチ決めまくったのは割と最近な気もしていますが、2009-10シーズンだから10年前ですね。シーズン3試合も決めています。しかも2試合連続。

最後に引退試合です。友人が後ろの方の豆粒にしか見えない席を80万で購入したとかいってたな。管理人は60点と聞いてネット検索しまくってフルの試合動画を探した思い出があります。まだその頃はリーグパスに加入していなかったし、ブログだって書いてなかったね。

これは本当に異様な試合でした。単なる引退試合のはずが、ヒートアップしすぎているし、会場が奇妙な空気に包まれ始めた。そんな中でコービーの表情がファイターに戻っていたのが印象的です。4Qはただただ勝利に飢えている全盛期の姿でした。

最後にレブロンとのマッチアップで印象的だったのはこのオールスターゲーム。19歳のコービーのころと違って、お祭り感が出てきているオールスターだけど、何故かコービーだけガッチガチに守っています。罰ゲームみたいになっているレブロン。

スタッツよりも打ちのめしに行くコービー。最後に勝つのがコービー。

コービーへの寄せ書き” への57件のフィードバック

  1. 『クラッチ決めまくった』って言いますよね。具体的にどのぐらいのことをすると『決めまくった』と言えるんでしょうか。

    年間3試合は割に少ない気が…。

  2. NBA選手の中で一番勝利を渇望していた選手だと思います。
    練習の虫だったエピソードはたくさんありますが、一番私がコービーをすごいなって感じるのは戦術オタクだったことです。
    シャックのいるチームで最初優勝、その後にシャックを追い出してストレッチできるオドムを生かしたチームで優勝、
    勝ちこそしなかったですけど、
    2012の怪我をする前のPGコービーは今のロケッツやバックスみたいなものがコービーやりたかったんじゃないの?とまで思ってしまいます。

  3. コメント失礼します。
    私は、本当に最近、今シーズンから見始めた高校生のファンです。自分自身、オールドスクールな考え方に傾斜している性分で、自分の見ていないGSWの王朝それ以上に見ていないその前くらいのことに興味を抱き、それについて調べてみたりすることが好きです。
    僕はそのうちSASのファンになり、お気に入りのプレイヤーはティム・ダンカンになりました。いろいろなメディアを見ると、コービー・ブライアントとティム・ダンカンの比較や、どちらが上かなんて論争が起こっていました。私は、もちろんティミーのファンなので、コービーより上だと考えるし、周りの人たちがコービーのことを持ち上げるわけもあって、コービーを(プレイをリアルタイムで見たこともないのに)嫌いになりつつありました。もちろん、コービーは、歴史上のプレイヤーTOP10にも入るだろうし、その闘志はすさまじいものだと認識していたし、リスペクトもしていました。
    コービーが亡くなったと聞いたとき、信じられませんでした。だって、つい昨日にレブロンがコービーの通算得点記録を越して三位になったというニュースを聞いたし、それについてツイートもしていたし、この前もLALのコートサイドに観戦しに来ていたから。死というものが、生々しく感じたのは、まだ短い人生ですが、初めてでした。
    それとともに、いかにコービー・ブライアントという存在が、自分のようなNBAファンの末端の端の心を空しくさせるほど、デカい存在だったと気づきました。そして、コービーはスタッツとか優勝とか以上に、NBAと、その周りの世界に与えた影響は計り知れないものだとも、ようやくわかった気がします。
    私のような、本来コービーを語るべきではないような浅いファンの拙いコメントを発する場を設けていただき、ありがとうございます。
    死をもって、その人のファンになるなんて、皮肉というか、なんというか

  4. NBAを観始めたのはちょうどコービーが引退してしまった直後のシーズンだったので、コービーのプレイをリアルタイムで観たことはありません。シュートアテンプトが多すぎとかタフショット打ちすぎっていう批判はなんとなく知ってます。
    ただ、レブロンヤニスアービングその他大勢の兄貴分としての姿、レイカーズの試合を娘と楽しそうに観ている姿、現役選手を無闇に批判しない姿勢を観ていて、現役時代は獣みたいなのに本当は落ち着いた人なんだなと思いました。
    他の娘を遺し逝ってしまった無念、また自分の乗り物が原因で娘が一人亡くなってしまった無念を思うと同じ男として残念でなりません。前を向かなくてはなりませんが、あまりに辛い…

  5. 偉大なるスーパースター
    コービー・ブライアント

    もうその姿を見ることができないなんて信じられない…
    永遠のさよならを言うのがとても心苦しいです。
    時代と歴史をつくったマンバメンタリティが受け継がれて紡がれていくのをどうか天国から見守っていてほしい。

    ありがとうコービー
    さようならコービー、ジアナちゃん
    天国でたくさんバスケをして、笑顔で寄り添って、どうか安らかに。

  6. 20年くらい前の、どうせ勝つLALの試合は見る気にもならなかったです。パウ来てからも同様。ゴベアが言ってたように人生は儚い。全盛期をリアルタイムで見れて本当に良かった。RIPです。娘さんも、他の犠牲者の方にも。

  7. 私がコービーを見たのは、2014年頃で、大怪我後の全盛期を過ぎたコービーでした。レイカーズファンって言うとコービーを老害呼ばわりされる時代。ウィギンスへの期待が高かった時代。。
    キャリア末期はレイカーズ冬の時代で、乱発するコービーも叩かれてました。入らないしね。
    それでもブレない姿勢とメンタルは憧れました。チームには欲しくない。でもコービーになりたい。
    それが、コービー。鬼神のメンタル。天上天下唯我独尊。大好きなプレイヤー。

    1. 不謹慎な名前かもしれませんがすみません。私は中学まで野球をやっていて、高校からバスケを始めましたが高校も大学もバスケ部には入っていません。名前の通り、知っている人知っていますが、ストリートバスケの魅力にとりつかれバスケを始めました。最初はNBAは見てなくて(ストリートばかりみてました。AND1ですね)、大学2年くらいからNBAを少しずつ見始めて、その頃がコービーの4回目の優勝あたりで、その頃からコービーのプレースタイル、その華やかさに惹かれて、動画を何度も見て真似したものです。そこから約10年、ここのブログをかかさずみるほどに、NBAが好きになりました。多分、一生NBAを楽しむのだろうと思います。バスケもあと10年くらいはプレーするつもりです。
      バスケットボールを、NBAをここまで好きにさせてくれた、そのきっかけだった、コービー。私のような人は世界にたくさんいるのでしょうが、大げさでもなく私の人生に大きく影響を与えてくれました。感謝の気持ちしかありません。本当にありがとう。
      もちろん会ったことも話したこともないけど、そんな人が亡くなってこんなに泣けるのだと、改めて存在の大きさに気づきました。

      どうか安らかに。

  8. コメント失礼します。
    吹奏楽部といったバスケとは無縁な人生を送ってた時、友達にスマホを貸せと言われて、そいつずっと動画を観てるなと思ったらコービーのtop10プレイ集でした。履歴に残るから自分も家帰ってその観てたやつみてみるとなんもバスケのことなんてわかんないのにめちゃくちゃカッコいいって思った記憶があります。
    ラプターズ戦の81点、ヒート戦のウェイド越しのプザービート、サンズ戦の同点弾そしてプザビ こんなの見せられたらバスケ好きになりますよ!もう立派なNBAオタクです。

    自分のようにコービーのワンプレイでファンになった人はきっと沢山います。
    それだけあなたはバスケにおいて特別な存在です。 いままでありがとうございました。

    R.I.P Kobe.

  9. いつもブログを楽しく拝見させて頂いております。はじめてコメントさせて頂くmotokichiと申します。
    NBAをテレビで見始めた15年くらい前、当時ビビー、ペジャ、ディバッツ、ウェバーを要したキングスを応援していましたが、地味な2P、フリースローで決めていくコービーがエンタメ目線で見ると嫌いだったのが最初でした。
    その後、自分が社会に出て仕事をするようになり、勝つためのプレーをプロとして”継続”する姿を見続け、だんだんと好きになっていきました。
    そして引退試合。
    今でもHDに永久保存していますが、ラスト2分は本当に鳥肌が立ち、仕事などで壁に当たるとモチベーションを上げさせてもらってます。

    それが今回の訃報、、、

    ありきたりですが、感謝しかないです。

    really appreciate KOBE, bottom of my heart.

    データに関係ないコメントにて恐れ入ります。
    今後もブログを楽しみに拝見させて頂きます。

  10. 本当に正直に書くと彼がこの年齢で亡くなるのは彼らしいと思ってしまったのです。娘さんが巻き込まれたことがショックです。大好きです。

  11. 彼に対しての最初の感情は「ヘイト」でした。
    当時中学生、アイバーソンファンだった私は同期でライバルのコービーを敵視していました。
    更にアイバーソンは勿論、レジーミラーにクリスウェバー、キッドにガーネット、自分の好きな選手がコービーとシャック、にっくきレイカーズに打ちのめされ、シャックを追い出して再建期に入ったレイカーズを見ては「コービーじゃ優勝出来ない」と溜飲を下げていました。(81点ゲームも否定的な見方でした)

    しかし、2009、2010に彼が文句のない活躍で優勝を勝ち取り、「これは認めるしかない…」と強引に捻じ伏せられました。

    ラストゲームには大騒ぎの会場で1人だけ、真剣に勝利を掴み取ろうと肩で息をしつつも鬼気迫る表情をする彼を見ていて涙が止まりませんでした。

    不謹慎ながら、彼は神に並ぶために悪魔と取り引きしてしまったのかな、本当は決められていた命だったのかなとも思ってしまいました。

    自分ももう30になり、彼から教わったプロフェッショナルとしての姿を思い浮かべながら仕事をしています。

    最高の選手でした。

  12. 2008-2010を見ていた自分にとっては、最後にコービーが勝利をもたらす信頼感は絶大で記事の内容にとても共感できるものでした。
    多くの選手から語られる練習の虫としての逸話は、苦しい時にタフショットを託される信頼感の裏付けでもあるかと思っていたので批判する気は全然起きなかったです。
    引退後はNBAから離れていましたがジアンナがバスケを始めてからコートに姿を見せるようになって、オフには現役選手も指導する姿を見て今後もバスケ界に様々な寄与をもたらすことを期待していた矢先なのであまりにつらいです。

    最後に一番好きな逸話はMVPを取ったシーズン後、五輪の代表合宿でオフの日に当時ルーキーのKDとジェフグリーンがシュート練習に行ったら他にコービーだけがいたという話です。

  13. 孤高を突き詰めすぎた唯我独尊スタイルは好きになれなかった。
    でも、誰よりも練習し努力したその姿勢にはただただ尊敬するしかないです。
    コービの事故を知って、信じられなかったし、とても悲しかった。
    嫌いだと思っていたのに、訃報を聞いてこんなに動揺するとは思わなかったよ。
    どうか安らかに…

  14. 初めてNBAを見たのがボストンセルティクス対ロサンゼルスレイカーズがファイナルのシリーズでセルティックスが制覇したシーズンでした。

    僕は別にコービーファンでもレイカーズファンでも有りませんでした。
    それでも彼の活躍は追いかけて続けてました。2連覇、オリンピック、アキレツ腱、引退試合、今でも信じれませんし、とても悲しいです。夢であって欲しいと切実に思います。

  15. スラムダンク世代、ブルズのスリーピートを子供の頃に見てて、その後ジョーダン後継者として彗星の如く現れたコービー、最初の優勝をシャックと共に応援してたのを思い出します。その後優勝できずに、不祥事もあり、苦しんでいた時でも、決して自分を信じて諦めず、24秒を支配すると背番号を変え、自分を変え、優勝を掴み取るストーリーには心揺さぶられました。こんな残酷でドラマチックな人生ってあるだろうか。神様は残酷だ。1978-2020か。2020年はなんで年だ、きっと自分が死ぬまで忘れられない年になる。RIP, KOBE, My HERO

  16. いつも楽しく拝見してます。
    今回素敵な企画をしていただき、いてもたってもいられずコメント失礼します。
    自分は2005年ごろからNBAを見始めるようになりその頃からずっとボストンファンでレイカーズ、特にコービーが本当に大嫌いでした。
    しかし、引退する時には本当に寂しかったのを覚えています。
    そして今回のこの事件…
    とても信じがたいです…
    管理人さんのブログを拝見して、現代NBAはコービーのいた時期とは変化しているとは思いますが、コービーの勝利に対するメンタリティや試合に臨む姿勢はずっと変わらず受け継がれていってくれればいいなと思いました。
    どうか安らかに…

  17. 最初のコメントが変な内容になってしまって。やり取りになるかと思ったんですよ。

    アイバーソンも声明を出してます。ルーキーシーズンに初めてLAに試合のために行って、ブライアントが迎えに来てくれて、ご飯食べたんですって。

    その5年後にはステイプルズでブロックしてフロアに叩きつけ、トラッシュトークし、ファーストユニオンでブロックアウト中に肘鉄したりするのに。

    アイバーソンを守りきることに執心した鮫の話、唯一の優勝チャンスをフイにされた、ブライアントこそがフィラデルフィア出身、等と因縁あるものの、どこか奥底に友好的な繋がりがあったんだろうと思います。

    ご飯を食べて、今晩どうするのとなったら、1人はクラブに、もう1人はジムに、って答えたそうです。

    『御悔やみ申し上げます。』といったことは他の人たちに任せます。

    アイバーソンVSブライアントの図式が同期で因縁も重なり、かつ、最も華のある、最も絵になる対立構図なので、アイバーソンシクサーズVSブライアントガソルレイカースでのシクサーズ優勝を見たかった。

    オールスターやオリンピックで共闘する機会はあったはずなんですが、時期がずれたり怪我で、1度もチームメイトになっていないんです。

    対決する運命の2人でしたが、PG役を好んだブライアントが高い位置で造り、ウィングにポップしたアイバーソンサイドを活用するバスケットを見たかったなと思います。

  18. 初投稿です。
    コービーを好きになり始めたのは私が当日中学生だった2005年のレイカーズの低迷期でした。

    見始めたと言ってもネットは普及しておらず私の家はBSは観られなかったのでプレーを見るのNHKが月に1度放送していた30分のNBAダイジェスト番組位で後は月刊誌の連続写真のプレー解説を必死に脳内で再生してコービーをイメージしていました。

    今思えば始めて試合を通して彼のプレーを観たのは高校2年でした。2009年のファイナルを後輩にダビングしてもらったものです。

    動きが華麗で洗練されているのに、どこまでも貪欲なプレーに衝撃を受けました。

    彼を見続けてたためかシュートフォームも彼の影響を受けており、よくフォームがコービーに似ていると言われるとマンバメンタルを引き継げている気がして誇らしい気持ちになります。

    かなりどうでも良い自分語りをして恥ずかしいですが、最後にコービー、ジアナちゃん、この事故で犠牲になった皆様のご冥福をお祈りします。
    ありがとうコービー
    あなたは永遠に私の英雄です

  19. ジョージヒルが全チーム24番を永久欠番にすべき!と言ってるみたいなんですが、それもどうなんですかね。周りの批判に流されずスタメンにこだわってディフェンスに手を抜かずタフショットを打ち続ける24番がまた現れるのも見たい気もします。ジョーダンやレジー、マグやアイバーソン、カリーやハーデンとも違う、とても泥臭い感じのいい選手でした。

    1. 同意です
      8番や24番を返上する選手もいますが本人の意志でやればいいことで
      変な同調圧力にならないでほしいですね
      8番や24番は俺が継ぐくらいの選手が出てきて欲しいです

  20. コービーはわがままで、自分本位で、自信過剰な選手でした。
    でも、その異常なる自身は、すべてをバスケに捧げる、異常な、ありえないほど異常な努力からのものでした。
    それをキャリア中盤からみんなが認めたからこそ、スーパーヒールから、最後はスーパーヒーローになったんでしょう。
    あの引退試合の60点、というか、最後の勝利のための11点は『最後までコービー』で、あまりにも衝撃的でした。
    現役最後まで衝撃的な男、コービー。
    ただ、死ぬときまで、こんな衝撃を残す必要はなかった。。
    「あの頃の俺は・・」「最近の若い奴は・・」なんてコメントを何十年後も聞きたかった。

    あれから暇あればニュースで事実の報道を見てますが、一向に実感がわかない。
    残された家族が少しでも平穏で過ごせますように。

  21. コービーは常にその時々の私の応援チームに相対する存在でした。
    試合中はものすごく活躍されるのが嫌なのに、ひとたび贔屓のチームではないところと対戦しているコービーには活躍して欲しいと思ってしまう、不思議な感情を抱く選手でした。

    それも、何点ビハインドだろうが諦めずに試合に臨む姿勢に、時にカッコ良さを時に恐怖を感じるからなのだろうな、と振り返って思います。
    ロスに大学の卒業旅行で試合を見に行った時には怪我で離脱しており、今思うと相当大きなものを逃しました。

    私はコービーが最後に優勝したファイナルからNBAを見始めたのですが、引退試合がいちばん印象的でした。
    今日で引退する選手の目ではありませんでした。60点では足りない、得点・勝利に飢えたマンバメンタリティは今なお最大の闘争心を感じた瞬間でした。

    同じく事故に遭われた方々と共に、どうぞ安らかに…

  22. 嫌いな選手でした。自分さえ目立てばそれでいいという選手だとずっと思っていました。
    私の不見識が分かったのは、彼がアキレス腱を切った後。弱くなったチームをひたすらに引っ張り続けました。このころ、やっと彼の本質に気付き、彼の偉大さに首を下げるばかりでした。
    現役の頃は厳しい顔ばかりが頭に残っていますが、引退後は笑顔で皆んなの幸せのため尽力していた姿が心に残っています。
    コービーがいたらなぁ。と思うときがすぐにくるのでしょう。
    そんなにバスケに詳しいわけではないのですが、あのニュースを聞いて以来涙が止まらないので、思いを吐き出してみました。

  23. コービーは嫌いな選手でした。
    自分がNBAをよく観ていたのがブルズの3ピート(後半)のあたりで、MJやストックトン&カール・マローンのバスケが大好きでした。
    当時10代の自分は「バスケットは5人でするもの」「システムの中で輝くのがスター」「わかっていても止められないのが神さま」と思っていました。
    デビューして間もないのに年上選手に一切気を使わず、表情一つ変えず常に怒った感じで1on1を仕掛けシュートを外すコービーは「能力任せでバスケIQの足りない選手」と思っていましたし、「こんな選手がいるチームでバスケやっても楽しくなさそう」とさえ思っていました。
    バスケなのに何故かadidas履いてるし。好きになれる要素がほぼ見当たらなかったです。
    その後、仕事や環境の変化でバスケから離れ、次にNBAを観るようになったのが11-12のMIA vs OKC のファイナルでした。そしてNBA熱が再燃し、今に至ります。

    コービーが12-13シーズンに大けがをしたこともあり、コービーのプレはほとんど生で観れていません。
    しかし、インターネットの時代になり、コービーの記事や動画を見るごとに、このボーラーの魅力にとりつかれている自分に気づきました。
    超無理やりゲームを引き寄せ、想像すらできないドラマを作れる。そんなスタッツではない凄さを持った選手はなかなかいないと思います。

    自分の中にある生で観たコービーはデビュー当時の「鬼神のような形相でひたすらシュートを外す」姿と、ラストイヤーの「若手と楽しそうに笑顔で1on1をしている」姿しかありません。
    どちらの姿も「バスケ」と「勝負」を愛した姿なんだろうと思います。
    ワールドカップのCMでの笑顔や、コートサイドで娘さんと観戦している笑顔が忘れられません。
    全盛期を生で観ていたらもっとヤバいと思います。1週間くらい仕事できなさそう。1バスケファンの独り言です。
    合掌。

  24. はじめてコメントします。

    コービーの事なので。
    コービーの思い出
    管理人さんと同じですが
    忘れられないプレーは、ルーキーシーズンのエアボール。
    生意気なルーキーがプレイオフの大事な終盤でエアボール。
    まだまだだな、と思っていたらまた打った。エアボール。
    エアボール。エアボール。
    見ているこっちがドキドキした。
    こんなルーキー、見たことない。

    ゴートゥーガイなんて言葉も知らないあの頃、
    あんなに強いハートのルーキーにびっくりした。
    こんな選手がすごい選手になるのかも。
    そしてすごい選手になった。

    アイバーソンファンのわたしにとっては
    優勝を阻止した、嫌な奴。ハンサムだし。

    「ずっと大キライでいたかったのに」

    事故に遭われた全ての方
    安らかに眠ってください。

    いつ終わるかわからない人生。
    日々を大切に過ごします。

  25. 自分の1番大好きな選手、誰が何を言っても自分の中では歴代最強でした。
    彼の様になりたいと思ってバスケを始めたのを今でも思い出せます。

    バスケに出会わせてくれてありがとう
    コービー・ブライアント
    史上最高の選手よ永遠に。

  26. 私がNBAを観始めたのはちょうど2000年のスリーピート初年度でした。
    その頃中学の同級生から「シャックっていう奴がやべーぞ」と言われて初めて観たのですが、
    私が興味を惹かれたのはシャックではなくもう一人のエースでした
    とにかくプレーに華があって、生意気な表情や仕草なんかも当時の中坊にはぶっ刺さりでした。
    それ以来レイカーズファンになり、コービー引退後もずっと応援し続けています。
    今年は久しぶりに優勝が見えてきて、OBとなったコービーがどれだけ喜んでくれるか、
    それが本当に楽しみだっただけに残念でなりません。
    どうか天国からレイカーズを見守って下さい。

  27. 「8時間のトレーニング程度、一瞬の敗北に比べたらどうってことはない。」
    「呼吸をするように成功を追い求めろ。そうすれば成功がついてくる」
    「君が諦める時は、他の誰かが勝利する時だ。」
    The moment you give up, is the moment you let someone else WIN.
    一つのことに全てを捧げ、あらゆる犠牲を払ったという点において、コービーに勝てる人間はいないでしょう。
    何十時間だろうとジムに籠り、食事を制限し、フィルムを隅々まで分析し最高の準備をして試合に挑む。それを何十シーズンも続ける。一つの事に没頭し、それ以外のことには目もくれないこの尋常ではない献身こそがマンバメンタリティだと思っています。
    プレーオフが始まると一切のSNSを断って試合に挑むハーデン、スイープで敗退した年のオフシーズンにひたすらジムに籠り、血の滲む努力でディープスリーを武器に昇華させたリラード、キャブスに負けた翌日から練習を始めるオラディポ。彼のメンタリティはリーグの一線で活躍する男達に今も着実に引き継がれています。
    どうか安らかに。1978 ー story must go on.

  28. 正直に言えば嫌いな選手でした
    当時僕はスパーズファンで、ライバル関係のレイカーズのエースコービーがとにかく嫌いでした
    東に長らくいたレブロンは嫌いではなかったので、まぁそういうことでしょうね
    昔のコービーはとにかく競争心が強くビッグマウス的な所もあり、それがこっちの競争心を煽り余計に嫌いでした
    ただ引退年のオールスター、引退枠として出たコービーにその面影はありませんでした
    あの試合で盛り上がったのは、恐らくレブロンがボールを持ったコービーに一対一を仕掛けに行った時ぐらいでしょう
    あのオールスターはレナードが初めて選出されたオールスターでもあったので、主役に担がれてそれでも自己主張しなかったコービーには苛立ちを感じました

    人間勝手なもので、力を失ったコービーの各地でのトリビュートを見る度に、嫌いという気持ちは薄らいでいきました
    コービーの残した数々の栄光を動画で見て、凄かったよなぁと素直に思い返してすらいました
    それなのにヘリコプターで事故って…
    事故を知ったのは会社の更衣室でした
    仕事をしながら一日、首を振ってはこの世界は狂ってると呟いていました
    まだこの傷が癒えることはありませんが、コービーの事を思えばヘリの事故での最期は想像して余りある程の恐怖でしょう
    どうか安らかに、魂が平穏であることを望みます

  29. シャック抜きでリング獲った勇姿を反芻しながらぼくもこの先がんばるよ。でもヘリには乗らねー。絶対乗らねー。さしもの毒蛇精神も事故には勝てない!悲しい!寂しい!心に大穴ですよ。ファック!

  30. レイカーズ以外を応援してきた僕にとってコービーはいつだって厄介でした。
    レイカーズ戦を見る度に勝負所でシュートを決めるコービーに煮え湯を飲まされてきました。
    コービーがシュートを打つと全部決まる気がして、敵チームのファンとしてはこれ以上に嫌な存在はいなかった。
    レブロンだって相手取ったら怖い選手だけど、それでもやっぱり敵に回して一番怖いのはコービーだったなって思います。
    誰だって絶対に勝つと思ってプレイしてると思うけど、それでも勝てない試合なんていくらでもある。
    でもコービーだけはなんかそんな気がしないんですよね。
    想いを結果に昇華させる力が他の誰より飛び抜けていたなって思います。
    そんなコービーを1人の選手として、確実に憧れていたし尊敬してました。

    ニュースを聞いてからしばらくは驚くだけで泣けもしなくて。
    誤報でしたってニュースを待ってはいたけど、がっつり応援してなかった選手なんてそんなもんかなんて思ってましたけど。
    ハイライト動画や引退後の笑ってコートサイドに立ってる姿を見ると涙が溢れてきて。
    ああ、こんなにコービー好きだったんだなって思い知らされました。

    RIP. BlackMamba
    あなたの笑う顔をもう見れないのが寂しくてしょうがないよ。

  31. 中学生の時にスパーズとヒートの優勝争い時代でNBAにはまったものです。
    トニーパーカーのティアドロップとハーダウェイのキラークロスオーバーを何度も練習していました。なのでコービーを履いている友達をミーハーだなと生意気にも思っていました。

    そんなわけでコービーの大ファンだったわけではありません。
    ですが高校の時8番を背負ったことがきっかけでコービーの昔と当時までのハイライトを何回も見ました。彼のような闘志剥き出しのスコアラーになりたいと思いました。またマンバメンタリティを知りました。そして高校時代は朝昼休みは毎日自主練していました。

    そして高校を卒業したくらいに見た彼の引退試合はNBAを見てきた中で最高の試合の1つでした。4Qの画面越しに感じる彼の闘志は凄まじいものがありました。NBAを見て初めて泣いたのはあの時です。
    彼のプレーは感情を揺さぶるものがあります。もちろんプレーも一流でかっこいいです。しかし彼のバスケへの姿勢が彼の真骨頂なのだと改めて思います。

    そして彼の死でまた泣いてしまいました。

    何を書こうと決めていなかったので自分語りになってしまいましたが、とにかくコービーへの思いを吐き出したく書いてしまいました。冗長な文章お許しください。

    そしてコービーと娘さん、彼の友人たちのご冥福を祈ります。

  32. コービーの逸話を聞いてからずっと僕のアイドルでした!コービーみたいに努力したいと思ってます!家族のご冥福を祈りします。

  33. コービーは僕にとってNBAというものにハマるきっかけをくれた選手でした。

    実際に見る前までのバスケを始めたての僕は、NBAを2mを越える外人のダンク合戦ぐらいにしか思っていませんでした。

    そんなとき、たまたまテレビでやってたNBAファイナル2008セルティックスvsレイカーズ戦を見ました。

    コービーの巨人たち相手にドライブで切り裂いたり、とても美しいフォームのアウトサイドシュートにいつの間にか心を奪われていました。その日以来からずっとコービーのファンです。

    ありがとうコービー
    NBA、ひいてはバスケットボールの面白さを教えてくれて
    あなたのプレーを現地で観戦できなかっだ後悔は一生引きずると思います笑
    R.I.P Mamba!!

  34. 私は小学生からバスケをはじめました。
    ちょうどその頃は、レイカーズがシャックとコービーのデュオで3ピートしていた頃でした。
    私のバスケのコーチがNBAが好きで、NHKBSのNBA中継のビデオをとってくれていたので、チームメイトと回しながらよく見ていました。
    当時私は、身長が低くガードをやっていたので、AIのファンでシクサーズの試合を見たかったのですが、レイカーズが強いので必然的にレイカーズを多く見ていたと記憶しています。
    私のコーチがコービーファンだったせいかもしれませんが。。。

    徐々に年齢があがるにつれ、、インターネットも発達し、コービーのパーソナリティのようなこともわかるようになりました。
    以前の私のレイカーズデュオへのイメージとしては、デカくてヤバイやつと身体能力高くてヤバイやつという印象でした。
    そしてそれは、才能によるものと思っていました。

    が、それは違いました。
    コービーは誰より自分に厳しく練習をしていました。

    毎日努力することの大切さ、そして努力や過程を信じることによって試合では自信をもってプレイできるというメンタリティを持てるということ。
    これらは、私自身に非常に影響を与えています。

    努力で人生を変えるということ、日々の積み重ねが大事だということを日々心のとどめながら生きていきたいと思います。

    コービーとその娘さん、亡くなった関係者様、その家族のご冥福を祈りします。

  35. コービーはボストンファンの僕には憎き仇敵であったのですが、いざいなくなってしまうとこみあげるモノがあります。僕が思うにコービー・ブライアントはNBA史上最も勝利への渇望の強い選手でした。彼に安らかな眠りを。

  36. 初めて見たNBAの試合がコービーのものでした。
    シュートフォームの美しさに惹かれ、すぐにNBA、というよりもコービーのファンになりました。
    当時はコービーと比較して、何でほかの選手はシュートが入らなんだ?なんて思っていましたね。

    NBAを観るキッカケをくれたコービーには、本当に感謝しています。
    ただのファンである私ですが、Mamba Mentalityを受け継ぐ、数多のうちの一人になりたい思います。

    最近のNBAはゴール下と3Pが正解となっていますが、
    やっぱりポストプレイとミドルシュート、フェイダウェイが格好いいんだよなあ。

  37. 俺はコービーが1on1で負かされた時、必ずやり返す姿勢が好きでした。だから俺も必ずバスケではやられたらやり返すし、やられた仲間がいたらボールをシェアしてやり返すように促してる。コービーのレガシーは俺の中に生きている。

  38. ヒート時代のレブロンが嫌いで、ウォリーアズ王朝に挑むレブロンが大好きになりました。強き者に挑む挑戦者が好きです。だから、晩年のコービーが好きでした。今のNBA選手にいない、しなやかなプレーが美しかったです。早すぎる、ふざけんなーー。

  39. 初投稿させていただきます

    コービー、あなたを私が知ったのはバスケを始めてすぐの時でした。
    自信満々に全力でプレーする姿に惹かれました。

    あなたに憧れた全ての人と同じようにあなたのようになりたくてバスケットボールに全力で取り組みました。
    その後私が社会人になってからも、あなたの強い意志、精神力、生き方は私の目標であり続けています。

    私にバスケットボールの楽しさと、努力の大切さを教えてくれてありがとう。コービー、大好きです。

    R.I.P.KOBE.

  40. 私のヒーロー

    あなたとレイカーズに魅せられた15年間。あなたがいなければ、今の私はいないと断言出来る。苦しい時、いつもあなたならどうするか?と考えた。いつもあなたは私の道標でいてくれた。
    亡くなられて、言葉にできないほどの喪失感の中、私はあなたに対する感謝とこれまでの思いを泣きながら伝えた。少し違和感を感じた。これだけ長く愛していたあなたに対して、私はこうやって感謝を、自分の口で、感情のままに伝えたことは生前なかったな、と。

    あなたは永遠に私達の心の中で生き続けます。これからは、心の中のあなたとたくさん会話をしたいです。情けないなと思ったら、強烈なポスタライズを入魂してください。

    コービーよ、永遠に。R.I.P

  41. バスケ経験のある指導者もいなければ上手い先輩もいない弱小中学でバスケを始めた僕はコービーっていうヤバい奴がいるというのだけ知っている状態で2008年のセルツ対レイカーズを観て…セルツのファンになりました

    素人の僕の目にはコービーは確かにめっちゃシュート打つし決めるけど、それよりもベンチからも点を取ってくるセルツが魅力的に思えたのです

    その後所謂強豪校のバスケ部に入り、自分の下手くそさを嫌というほど思い知り、なあなあでバスケを続け、引退し、浪人を経て大学に進学
    その頃ウォリアーズとかいう歴代最強レベルのチームにカリーとかいうヤバい奴がいると教えられ、あのコービーが引退することも知りました
    そして友達と一緒にあの伝説のコービーの引退試合を観る事に…

    まがいなりにもバスケをやってきた僕はその時コービーという男が持つあらゆる物を背負って戦ってきた、圧倒的な支配力、人間としての凄さにやっと気付き、現役の頃は見向きもしなかったNBAの動画を漁りだし、二度とやることはないと思っていたバスケをもう一度ちゃんとやりたいと思い、大学でバスケ部に入りました
    そしてレブロンが劇的な優勝をキャブズにもたらした事もあって次のシーズンからNBAを見始め、ウエストブルックに出会い、サンダーのファンになることができました

    こうしてみると、自分は殆どコービーのプレーを知らないのに、自分の重要な瞬間にはコービーの陰があったような気がします

    常に観てきたわけではないのに、彼がこの世からいなくなる事がこんなに自分にとって衝撃的になるとは思わなかったです

    コービーはジョーダンやその後継者候補となっていったアイバーソンやカーター、T-MACやウェイドのようなプレーの華やかさはなかったかもしれませんが、その何度失敗しても挑戦し続ける勝者のメンタリティはウエストブルックへ確実に受け継がれていったはずです

    今でも彼がもうこの世界にいないことが信じられないですが、コービーが僕達に残していってくれたものを大切にして、今度は自分がそれを伝えていけるような人になれたらいいなと思います

    ありがとう、コービー

  42. 僕は中学校の部活で何となくバスケ部に入部して、初めてみたNBAのスーパープレイ集で1番印象に残ったのは、厳しい表情をしながら、ディフェンスに囲まれながら、無理矢理にでもシュートを決めまくるコービーでした。当時の読書感想文にマンバメンタリティを選んで何度も読んだのを今でも覚えています。それからNBAを観るようになり、すぐに怪我をしてしまったけど、その後もコービーが1番カッコ良くて1番好きな選手でした。コービーがなぜ好きなのか。それはプレイに向かう姿勢、人間としての偉大さに惚れたからだと思います。コービーのような人間になりたい。コービーブライアントのスピリッツは、後世に語り継がれます。僕たちのようなコービーに惚れた人達の姿勢によって。安らかに眠ってください。ありがとう。

  43. いつも拝見させていただいてます
    中1のころバスケを始めた時YouTubeでコービー初めて見ました。あれから8年が経っていま大学2年になりましたがプレーを自分の技にするために練習したのはコービーだけでした。何度もハイライトを繰り返し見るのも、わざわざ昔の試合をYouTubeで探して、見るのもコービーだけでした。一度も会ったことはなかったけど、こんなにも影響されてこんなにも沢山の時間をコービーのために使っていたんだと気付きました。ただただファンでした。殿堂入りしてハイライトがまたタイムラインを埋め尽くすのを待ってました。あの名選手の話をいつかできる息子にしてみたいです。心残りがあるとすれば足が合わなくてコービーモデルのバッシュが履けないことくらいですかね。残り1年の学生バスケで少しでも近づけたらなと思います。

  44. 私がNBAを見るようになったのは、CLEにレブロンが帰還してから…ということで、コービーの全盛期は知らないですし、無理に試合に出てボールを持つからチームも勝てず若手も育たない、そんな状況を作り出す老害のようなイメージしかありませんでした。
    ただ、そんなスタイルであってもコーチ・GMに認めさせること、ファンをも魅了することは簡単なことではありません。また、多くの選手から尊敬を集めているようにチームを勝たせる、良い成績を残すことを超えたなにかを実現している数少ない存在であったように思いました。そのコービーの姿は、ファンとしてよりもよく言われているように強いメンタリティの体現者として常に尊敬の対象でした。
    不安定であってもここまで影響力を持つ選手は、合理化が進んだプロスポーツシーンにおいては今後現れにくいと思います。だからこそ、コービーは全てのスポーツ選手にとって、the God として、今後も崇められる存在になるのではないでしょうか。
    少し目線を変えて、最近のLakersを見ている私にとって、コービーの姿は、Giannaと過ごす父としての姿がより印象的に残っています。コートサイドで娘と二人で座り楽しそうに過ごす姿は、一人の人生の先輩として美しく移りました。
    強い信念を持つこと、周りの人を大切にすること、この2つを両立したコービーは、私に生き方を教えてくれました。Rest in peace…

  45. 僕の好きなコービーのNBA記録は『シュート失敗数歴代No.1』って記録です(笑)『コービーらしさ』が詰まった記録かなぁーってね。

    もしこの記録を抜くなら今のところラス君しかいないだろうと思っています(笑) 

    神に憧れ 挑み 新たな超人が次から次へと自分を倒そうと勝負を挑んでくる世界で『ミスを恐れず挑み続けるんだ』と仲間を鼓舞し、そして何より自分に言い聞かせていたような人間 コービー。

    人間が神を目指すのに必要だった『シュート失敗数歴代No.1』とゆう膨大な失敗と向き合った人間コービーさん。尊敬の念しかないっす。狂気に満ちてたけどね。怖かったし格好良かった。

    会ったこともない、話した事もない人間が亡くなったと聞いてこんなに涙が込み上げたのはおじさん、初めての経験でした。世代だから…とはじめは思っていましたが、コービーを見続けていない人でもこの訃報の話題で話すことがしばしばあり(NBAはおろか、バスケなんて体育以外でしたことない人とかも)、影響力の大きさを改めて実感しています。

    コービー ありがとう

    そしてさようなら

  46. 悩みに悩み抜いて、初投稿させて頂きます。
    私が初めてNBAをみたのはMJの最後のオールスターの年でした。当時はレイカーズ全盛の時で、シャックとコービーの強烈なインパクトに魅了されました。
    今でも鮮明に思い出せる、死闘を繰り広げていたダンカン率いるスパーズ戦、4連覇のかかったピストンズ戦、BIG3時代のセルティックス戦。
    孤軍奮闘していた時期も決して負けを受け入れず最後まで鬼の形相で戦っていたコービーは私のアイドルでした。
    本当にお疲れ様でした。未だに受け入れられないし、コービーが映った映像を見ると涙がでてきますが、このコメントをすることで少しでも前に進んでいこうと思います。
    コービー。また会う日まで。

  47. キングスファンである以前に、相当な判官贔屓。
    コービーは常に敵であり最も嫌いなバスケットボール選手です。
    コービーが育ち、勝ち取り、僕たちを打ちのめし、挫折し、燃え尽きる様を全て見てきました。
    僕にとって、一人の男として世界で最も偉大で尊敬できる人でした。
    マンバメンタリティは永遠に不滅です。

  48. 初投稿です。

    僕がNBAを見始めたのは、2007年辺りのセルティックのBIG3結成時時代です。
    その時は、まあレイカーズは宿敵であり、現在のNBAの礎を築いた伝統のある強豪同士でした。

    正直コービーは、なんやかんや言ってもクラッチ力が強いというか、試合終了間際でむちゃくちゃなシュートを決めてしまうような、変態スーパースターって印象でした。

    あれから10年ほどNBAを見続けていますが、やはりコービーはレガシーと言われる所以というか、死んだニュースを聞いたときに信じられない気持ちと、ぽっかり何かに穴が空いたような感覚に陥りました。

    NBAとは関係がないですが、ラブライブの映画が見終わって、最初は理解できず、やがて失われてしまったことに気づいたが、心と体がついていかず、ぽっかり穴が空いたような虚無感が今回も襲ってきました。
    恐らく時間と体や集中力などを、それらに注いでいたからということだと思います。

    コービーが死んで、それだけコービーはNBAの中心、少なくとも僕の中ではコービーは中心にいたんだなと気づかされてしまいました。
    レガシーと言われるだけあります。本当に彼には心を奪われていたんでしょうね。今更やっと気がつきましたけど。

  49. コービーは僕の1つ年下で、僕が大学に入学し、NBAを自由に観れるようになった年にコービーはプロ入りしました。以来20年間、ずっとヒーローでした。NBAをもっとも漁るように観ていた期間、コービーは常にNBAの中心でした。

    ルーキーの時の4連発エアボールには本当に驚きました。打ち続けることが出来るそのメンタルに。同期のアイバーソンと並んで、とんでもないメンタルのルーキーが登場したなと。ジョーダンの引退後、NBAへの物足りなさを埋めてくれたのがまだ若造のコービーでした。

    彼の狂ったほどにストイックなバスケへの姿勢は、僕の人生の模範になりました。スキルを誰からでも吸収し、コート上のみならずビデオ研究も怠らず、戦術にも異常に詳しい。他人が寝ている間にも、遊んでいる間にも努力を続けること。様々な角度から物事を見つめ、冷静にそしてロジカルに分析して実行すること。その姿勢は僕の社会人としての基礎を作ってくれ、今の自分を支えてくれています。

    そして全てが完璧のようだった神様ジョーダンとは対照的に、とても人間的でした。シャックとの確執や訴訟騒動さえ、とても人間的なエピソードに思え、嫌いになることはなかった。むしろそういったものを乗り越えて真のリーダーになった姿に、人一倍魅力を感じたものでした。

    引退後、少しづつ活動の幅を広げていっていて、これからどんなことをしていくのだろうと本当に楽しみにしていました。NBAの後輩選手たちへのマンバチャレンジのような絡みも好きだったし、女子バスケをもっと発展させていく活動をするのかなとか、アニメーションからスタートしたストーリーテリング的な活動や、もっと色んなビジネスを展開するのかとか、動向を知るのが楽しみでした。

    自分が大人になって社会に出て一人前になっていく過程で、年がほとんど同じコービーが海の向こうでどんどん選手としても人間としても成長していく姿は、本当に心を支えてくれた。多分こんな選手は、後にも先にもコービー以外いない。だから訃報を聞いて以来、今もずっとまだ信じられない気持ちでいっぱいで、心の片隅にぽっかり穴が開いてしまっています。

    そして1人の父親として、ジジが亡くなったこと、残された家族のこと、同じ事故で亡くなった犠牲者とその家族のことを思うと、胸が張り裂けそうになります。どうか天国で、みんな手を取り合って笑い合っていて欲しいです。

    ありがとう、コービー。本当にありがとう。
    君のプレイや功績、そして何よりマンバ・メンタリティ。
    息子がもう少し大きくなったら、僕はしっかり語り継ぎたいと思う。

    コービー、どうか天国でジジと安らかに過ごして欲しい。
    RIP.

  50. 昔から思ってたけど、コービーってさ、ハイライト見ても決してマグレイディやアイバーソンと比べてなんかカクカクしてて滑らかじゃない感じがする。でも歴史に残る一流ってみんなが認めてるのは、結果出してることと、それがメンタルが強いこととか技術が努力の賜物だって皆知ってるからだよ。私もいろんな意味で前に進むし、強くなろう。
    ご冥福をお祈りします。

  51. 高卒ルーキーとして入団して会場で女子大生のお姉様たちに結婚して!と叫ばれて苦笑いしてた頃からずっと見てました。
    ピッペンがジョーダンに僕等も19歳の頃はあんなふうに飛んでただろうかと思わず尋ねたほど若々しかったコービー。オールスターで大先輩のマローンのスクリーンを追い払って1on1を仕掛ける生意気な若造だったコービー。他チームを応援していたファンとして最も憎らしく最も怖い選手だった。接戦の終盤で彼がボールを持った時の恐怖は今も忘れられない。そしていつの間にか憎らしさが応援する気持ちに変わってしまう不思議な魅力。
    大嫌いなのに大好きだ。
    憎たらしいのに愛してる。
    引退後の活動も楽しみだった。ゴールデンデモクラシーのような動画をもっともっと見たかった。本当に、本当に悲しい。寂しい。会ったこともない人間の死で自分がこんなに傷つくなんて知らなかった。喪失感が大きすぎてどうしていいかわからない。凄く、凄く悲しい。

  52. コービーかっこよかったです。
    シュートフォームも真似しました。
    フェイダウェイも真似して入らないし、そもそも似ても似つかないし。
    ダンクシュートも毎月買って、リーグパスにも入って、一番NBAを見てるときに全盛期のコービーを見てました。(シャックとの優勝とガソルとの優勝)
    YouTubeを見れるようになってからはディフェンス動画も凄い見たな~。
    格好良かった。
    天国で安らかに。

  53. 最後に見たコービーの映像は、娘さんと幸せそうに試合を見てる姿だったか
    あるいはルカに絡んでる姿だったか
    いやトレイだった気がしなくもないな

    彼のNBAプレイヤーとしてのキャリアは一旦幕を引いていたけど
    バスケットのキャリアはまだ続いていたんだなと改めて思わされます
    次世代に、彼が得た沢山の何かを遺すために

    そんな彼が、最愛の娘さんと共に、道半ばで、こんな形で命を落とすなんて
    一体どういう因果なのか
    特別なファンというわけではなかったけど、ここまで人の死に心を痛めたのはこれが初めてです

    よくわからないです
    ただこれを人生という言葉で片付けたくない気持ちがあります
    今は余裕がないけど、ちょっと心に湯とができたら
    コービーが遺した言葉を、哲学を、毒蛇の如き心を
    少しずつ拾っていきたいと思います
    意味がなくとも、価値があると、そう信じたいです

    追伸ですが
    管理人さんにはお暇があればコービーのディフェンス面での記事をぜひお願いしたいです
    ガードとしてトップの12回のオールディフェンシブチーム入り
    得点面が賛否ありすぎて案外見落とされてる功績かもしれません(自分も知りませんでした)
    もう書いてて、自分が見落としていたらすいません
    そうでなければ、もし機会があれば是非

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