フィッツデイルとガソル

開幕から7勝4敗と好調なスタートを切ったグリズリーズはそこから8連敗し、フィッツデイルHCをクビにしました。

多くのNBAプレーヤー(主にヒートAC時代の選手)から惜しむ声が出ていましたが、優秀なHCで内容的にも解任には相応しくありませんでした。おそらく仕事に困る事はないでしょうが、地味なチームで理解し難い仕事をしていたので日本では馴染みもないでしょう。

衰退すると思われた昨季からグリズリーズのHCとなったフィッツデイル。前任が出来なかった仕事をしたり、プレーオフで罰金覚悟でレフリーを公に批判して選手の心に火をつけたり。メンフィスファンは忘れないでしょう。

そんなフィッツデイルHCを振り返ってみます。




昨季のグリズリーズ
15-16シーズン 42勝
16-17シーズン 43勝

昨季のグリズリーズは前年と同じような勝率でしたが、これはむしろ驚きの勝率で新人HCが最大の補強となりました。
69試合出場のコンリー
74試合出場のガソル
34試合出場のチャンドラー・パーソンズ
グリズリーズが高いサラリーを払っている3人です。パーソンズは平均6点。少ない主力だけど更に休みが多かった昨季。

しかし、チームはシーズン通して安定してプレイオフ圏内で戦い抜き、プレーオフではスパーズから2つの勝利を手に入れました。
ケガ人とお年寄り、無名の若者だけのチームを安定して勝たせたフィッツデイルHCの手腕は賞賛に値します。コンリーいない試合でも5割の成績なんて普通は残せません。



前任のイェーガーHCの元で好成績を収めたグリズリーズでしたが、ベテラン重用で若手は全く伸ばせず衰退して行く一方でした。グリズリーズにドラフトされると生き残るのは困難でした。ラウリーだってグリズリーズ。
それが昨季はグリーン、エニスIII、セルデン、ハリソン、ダニエルズに17分以上のプレータイムを与え、若手にチャンスと成長を促しながら危なげなくプレーオフに進めた手腕は素晴らしいものがありました。

今季を迎えるにあたり、ランドルフやカーターを放出したのは昨季の成功を経て、来季以降も継続的に戦える目処が立ったからです。
『若手を育成しながら勝利を得る』
それがフィッツデイルHCのマネジメント能力でした。



今季のグリズリーズ
好調にスタートしたグリズリーズ。
そして泥沼にいるグリズリーズ。

その変化を見てみます。

◯レーティング 10月→11月
オフェンス 103.2(17位)→101.6(23位)
ディフェンス 97.6(5位)→106.8(20位)

見ての通りです。特にディフェンスの悪化がもたらした連敗でした。この点ではトニー・アレンを残せなかった事は響きました。戦術的に不要になっていたランドルフやカーターと違いアレンは残したかったのではないかと思います。

ディフェンスの数値を見てみます。

◯被FG 44.2%(6位)
◯被3P 35.7%(11位)
そこそこ守れています。しかし、この数字も月別にすると悪化していました。

◯被FG 39.9%→46.5%
◯被3P 32.4%→37.6%
まぁ10月が良すぎますが11月は悪すぎます。極端に悪くなったのは何故なのか。

◯ターンオーバーの失点 11.6→15.1
◯2ndチャンスの失点 13.1→12.5
◯速攻からの失点 10.0→13.2
◯ペイント内失点 36.6→44.2
セカンドチャンスは減っていますが、ターンオーバーと速攻での失点が目立ちます。つまりオフェンスの失敗から失点を増やしてしいます。攻守一体になっている問題点でした。

そして速攻分を差し引いても強かったペイント内が弱くなっています。
やはり31分出場で1.5ターンオーバーしかしないコンリーの離脱は非常に痛かったと言えます。

トランジションが守れなかったグリズリーズ。そもそもトランジションさせないコンリー。



こう見ていくとフィッツデイルHCの仕事っぷりは選手の質を無視したら怪しい部分もある気がします。

コンリーいないだけで悪化し過ぎなのではないか?
他に手段があったのではないのか?
優秀なHCというには寂しい数字ではないのか?

それはまたフィッツデイルの抱える悩みでもあったのではないかと推測しています。コンリー&ガソルという貴重な強みをどう活かすのか。それを追求したが故の失敗でもありました。
ガソルを活かすシステムを構築し、その中で若手を伸ばす。難しいミッションを独特のガソルシステムで実現しようとしました。

コンリーが離脱しただけでなく、ガソルにも問題があるのが今のグリズリーズでした。



マルク・ガソル

◯シーズン毎の成績
1516シーズン 16.6点 46.4%
1617シーズン 19.5点 45.9%
1718シーズン 18.6点 41.6%

フィッツデイル就任により成績を伸ばしたガソル。その理由は8シーズンで66本しか打った事がなかった3Pを打つようになった事です。

◯ガソルの3P
1516シーズン (トータル)2/3
1617シーズン 1.4/3.6 38.8%
1718シーズン 1.5/4.5 32.2%

シーズントータル数を1試合で上回るようになったガソルは高確率で決めますが、今季は大きく数字を落としました。さらにターンオーバーも2.2→3.1と増やしてしまいます。

10月 36.4%→ 11月 29.8%

11月に入ると更にその確率を落とします。
ガソルが打つのはトップの位置が多いので、外してロングリバウンドになると速攻を出されやすく、それでいてガソル自身のトランジションも遅いので苦しくなります。

コートで広くポジションをとり、ガソルが作るポイントとガソルがいない事で生まれるスペースに全員がアタックして行くのがグリズリーズです。
トップにいるガソルから発生するミスにはフォローし切れないものがありました。



ガソルシステム

まぁそんなこんなで、割とガソルの活躍とチームの成績はリンクしやすくなります。難しいのはオフェンスのミスがディフェンスにも響いてしまう事です。そこをフォロー出来たコンリーの有能さは際立ちますが、チャルマーズでは難しかったようです。

センターと戦術の後編で触れましたが、フィッツデイルは独特のガソルシステムを組みました。

フィニッシャーとしてプレーメイカーとして両面でオフェンスに絡み、ガソルの多彩な能力を引き出し、それでいてガソルの位置を変化させる事で空いたスペースを他の選手に利用させます。

その期待にガソルも答えて3Pを決め、アシストを増やしました。

ここは重要です。ガソルは成績を残しました。

しかし、そんなガソルシステムでガソルが活躍しなければ崩壊するのも間違いないわけです。

解任のきっかけになったのはネッツ戦で、終盤に使われなかった事にガソルが不快感を示した事でした。しかしガソルのためのシステムで活躍不足のガソル。使わなかった事自体は納得出来ます。



仲が悪かったというフィッツデイルとガソルですが、お互いに共生関係を築いていたので、そこまで気にするものではなかったはずです。システムへの不満は聞いたことありませんし。

一方でガソルのためのシステムが機能していなかったといえば、フィッツデイルの失敗でもあります。
ガソルを中核に置いたシステムを作ったけれども、ガソルの活かし方に失敗している。

それがフィッツデイルがHCをクビになった理由というわけです。まぁ失敗と言いますが3P30%は想定外すぎるでしょう。



ガソルをとるのか?
フィッツデイルをとるのか?

残念ながら優勝経験も何もないフィッツデイル。そしてランドルフがいない今、メンフィスの英雄とも言えるガソル。

答えは明らかです。

こればかりは仕方なかったし、フィッツデイルにとってもステップアップするチャンスと捉えることもできます。
グリズリーズに新しい風を吹き込んだHCでしたが、もう少し未来の可能性のあるロスターとなっているチームの方が良さを活かせる気もします。



ガソルのいないグリズリーズ

ではガソルシステムをしなかった場合、フィッツデイルの良さは何なのでしょうか?
ガソルが活躍しなければ何も生み出せないHCだったのでしょうか?
ガソルのオンコートとオフコートを比べてみます。まずはオフェンスから。

◯ガソルのオン/オフ オフェンス
1516シーズン 102.8/102.3
1617シーズン 106.5/101.6
1718シーズン 100.9/105.1

ガソルシステムが機能していた昨季は不在だと著しく効率を落とす事がわかります。オンコートではディフェンスで辛くも勝ってきたようなチームのイメージを覆す106という高いレーティングでした。

そして迎えた今季はガソル不在の方が効率が高く、105というのはリーグ平均的なオフェンス力があるチームです。
この傾向はディフェンスで更に顕著になります。

◯ガソルのオン/オフ ディフェンス
1516シーズン 102.9/107.4
1617シーズン 105.1/103.5
1718シーズン 106.6/96.0

明確にガソルが必要だったイェーガー時代に比べると昨季はガソルの必要性が低くなったどころか、いない方が良くなります。
そして不調となった今季はオンコートが悪いだけでなく、オフコートだとセルティックス並のディフェンス力です。

相手も関係してくるオンオフコートレーティングにどこまで意味があるかは微妙だったとしても、ここまで大きく差があるとガソルの必要性は怪しくなります。

今季に関していえば、ガソルがいなければ
オフェンス 105.1
ディフェンス 96.0
レーティング差が+9もあり強豪チーム並です。

そんな簡単な話ではありませんが、本当はガソルがいない方がフィッツデイル好みだった可能性が高いです。チームの中心であるガソルのためのシステムを作り、そのガソルの不調で職を追われた事になります。

ガソルがギャップを作り、若手達にスペースを与えアイソレーションも組み込みながら、積極的にアタックさせていたフィッツデイル。実は攻守にわたり機動力を使って優位性を生み出す方が適したシステムだったりします。

フィッツデイルにとっては、どんなシステムが本懐だったのか少しだけ考えてみます。



話をヒートに移してみます。

フィッツデイルがACだった頃のヒート。あまりよく知りませんが、センターにボッシュを置いてインサイドのスペースを作りドライブしたいレブロンやウェイドを活かしたと思われます。
今のヒートはホワイトサイドを中心に置きながら、他の4人はコートをワイドにポジショニングし、それぞれのスタイルでドライブし、キックアウトからの3Pを決めます。

!?
やっている事が殆どグリズリーズと同じ。

ガソルシステムの存在が大きすぎて気がつきませんでしたが、コートをワイドにポジショニングして3Pかゴール下かを実践しているのがグリズリーズ。

それを「チームプレーと見せかけての個人技アタック」と評していますが、選手の特徴が違うだけで根底にある発想はヒートにも同じものがあります。
さらにベンチメンバーを含めて多くの選手を入れ替える事で変化をつけて対応を難しくしている点も同じです。

昨季後半に大きくブレークしたヒートもまた無名に近い選手達を活かし切った事でチーム力を上げました。

ホワイトサイドにはリバウンドとフィニッシャーとして高さのアドバンテージがあります。そこが弱いガソルはインサイドに構えるよりも中外柔軟にしたといえます。控えのライトはホワイトサイドに近いです。
ヒートはルーキーのアデバヨを重用しており、またオリニクを補強しました。アデバヨはアンダーサイズながら運動量で広範囲をカバーするディフェンス力と機動力を活かしてダンクでフィニッシュするセンターです。

グリズリーズには足りない機動力センター。
ガソルにオリニクレベルで良いので機動力と3Pがあればまた違った結果だったかもしれません。



フィッツデイルが好むセンター

ワイドに開いたポジションでボールムーブさせて、ディフェンスのギャップを作り、3Pとドライブで攻撃していくバランスアタックのチーム。そこに求めるセンターは、こんなタイプです。

スクリナーやトレイルで組み立てに参加し、味方のドライブに合わせてリングにダイブし高さでフィニッシュするタイプ
機動力で広範囲をカバーするディフェンシブセンターでオフェンスは同じく速さでフィニッシュするタイプ

どちらもガソルにはない特徴です。ランドルフはもってのほか。

高速化していくNBAですが、ヒートはコントロールタイプなのでフィッツデイルが高速化を好むかどうかはわかりません。しかし、そんな時代にも対応できる様なバスケを望んでいた方向性はみてとれます。

グリズリーズはベテランが多かったとか、ディフェンスのチームだとかでなく、ガソルのチームだから早くする意味がありませんでした。
それは少しだけフィッツデイルには負担が大きかったのかもしれません。本来の好みはワイドにコートを使って全員アタックし、機動力センターでフィニッシュやこぼれ球回収だった気がします。



フィッツデイルはどこに行く

本質的には早さに対応できて、バランスアタックをして、柔軟なセンター起用をするチームに向いていそうなフィッツデイル。
マネジメント力が評価されており、その視点から問題を抱えたチームから声がかかるかもしれません。どうしても勝てなければサンダーは現実的です。

HCやチーム状況を何も考えなければ向いていそうなチームはどこなのか?

1番に浮かんでくるのはレイカーズ。

コートをワイドに使ってドライブ大好き
3Pシュートも大好き
決まらなければ自分でリバウンド
スクリーン苦手で、シューターとか専門職はいない。

そんなレイカーズ。

センターには若手達の中でフロアバランスをとるロペス。機動力でリバウンドとフィニッシュ役のナンス。走れて器用で余計なプレーもするランドル。あとボーガット。

コートでのバランスも必要なら、プレータイムのバランスも必要で、勝利と育成のバランスも必要なのがレイカーズ。
仕事は大変そうですが、フィッツデイル向きな気がします。ウォルトンがダメなわけではありません。

若手を使えていないクリッパーズも面白そうですが、選手の中で政治力とか必要そうで、そういうの嫌いそうだし。



ガソルはどこへ行く

おそらくガソル本人は望んでいなかったであろうこのタイミングでのHC解任。ガソルが不調だった理由はケガの状況が芳しくない事が挙げられます。コンリー不在もありムリを押して出場したのでしょうが、結果的にはマイナスに働きました。

明らかに動きも良くなかったので、これを契機にして休養を取った方が良いのかもしれません。それをオーナーが望んでいるのかはわかりません。

ガソルをトレードする話もありますが、ネッツの1位指名権ならともかく期待する対価を得られるかどうか。そしてトレードならフィッツデイルを残す選択肢もあったはず。

まぁ理想的にはガソルがケガを直し、コンディションを整え、コンリーも1年フルで戦えるようにしてもらう。そのために休養を与えておき、タンクしてドラフト上位指名を狙って来季に賭ける。

そんなシナリオもあり得ます。



vsスパーズのグリズリーズ

フィッツデイルのいなくなったスパーズ戦は観ていて泣きそうになるくらいフィッツデイルの影を振り払ったオフェンスをしていました。普通のバスケという感じで、フィッツデイルがどれだけ異色だったかを感じさせました。

◯ガソル
10点 FG4/11

11本しか打たなかったガソル。3Pはゼロ。

オフェンスになるとエンドライン側まで走り、ボールサイドから隠れてタイミングを見定めポストアップしていました。そこには何度もガソルを経由しギャップを生み出すシステムはなく、リーグ2位のパス数を誇っていたガソルは普通のセンターでした。
時々PG的に動こうとしてしまうのは身体に染み込んだフィッツデイルの名残がありました。

ガソルは35分出場し、その間のチームは△14点。控えのデイビスは+6点でした。
チーム全体もインサイドに広くスペースを作ることを優先して動きが少なかったのが、全員が中外動くパターンに変わり、選手1人ひとりも全く違う選手に映りました。

スペースを使う感覚とコートを広く使う意識は活きているので、ガソルの不調に悩まされないだけ良いオフェンスだったかもしれませんが、特徴は無くなりました。

ACはフィッツデイルのガソルシステムはぶっ飛び過ぎと考えていたのかな?



フィッツデイルの次の一手

最後に観たのはナゲッツ戦。

その試合ではドライブまでは良かったもののフィニッシュ力を欠く個人の力が目立ちました。それを見た後半にはドライブに対して逆サイドからグリーンが合わせるパターンがよく出てきました。ハーフタイムの修正。

ヨキッチに抑えられたガソルを完全にポイントセンターにしてアシストはキャリアハイを記録。
動きの少なかったチームはオフボールの効果的な合わせでイージーに得点していきました。しかし、グリーンがいなくなるとそんなプレーがなくなりました。

それを観ていて感じたのは、「おそらくガソルシステムには次の一手があった」という事。スペースの有効活用のために、今はスペースを作る事を最優先する段階に見えました。

グリーンしか合わせなかったのはPFタイプがグリーンしかいないためです。

元々コンリーがいると後半にシステムを大きく変えたりします。ベンチも含めて多くの選手を使う事で多様性を生み出そうとしていた事からも同じガソルシステムでもまだまだ先がありそうでした。

そんな次の一手を楽しみにしていたので残念でした。



他にクビになって良いHCがいる中で先に辞めることになったフィッツデイル。違うチームを率いるとその能力が測りやすくもなります。
ここまではポジティブですがダントーニみたいな例もあり、選手と合わないと何も生み出さない事があります。

フィッツデイルとガソル。

共生関係にあった2人。

でも合わなかった2人。

それは良き出会いだったのか、悪き出会いだったのか。
次のチームでのフィッツデイルを楽しみにしています。

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